2009/04/09

舞散る桜の中でこぼした涙

Photo 桜の花びら、散り敷く中を日傘をさしてでかけた。
来年もまた、この桜が見られますように、と願う。
これまで春になると桜が咲くのは当たり前だった。
だが50歳を過ぎると、これから先、桜を見る回数には限りあることに気付く。
大学時代の友人が乳がんで手術をした。

来年の今頃は、私はもう仕事をしていないだろう。
新しい生活がスタートしているはずだ。
来年もまた、母と桜の中を散歩できますように。

来年の春、私の愛犬はもういないかもしれないと思うと、両の目から涙がふきだす。
私は犬のことを考えると、1秒で泣けるのだ。

これから私がしなければならない大仕事。
それは、母を見送ることと、愛犬を見送ることだ。

でも、まだそれまでには猶予がある。
よく晴れた春の日、青い空を背景にしだれ桜を見上げる。
いちご2パックと、花山葵と、サングラスを買った。
桜散り、花々が咲き乱れる閑静な街を歩きながら、自分の生活が幸せだと思う。

仕事を辞めたら、これからは自分が好きな服を着よう。
その前に仕事用の大量の服を廃棄だな。ストッキングとパンプスにはさようなら。
髪には金色のメッシュなんか入れてみたいな。
お楽しみは、これからだ!

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2009/04/03

「主婦」もできるんです

P4080152 毎日、家にいるので、毎日家事をしている。
これまで、家の中のことで「あそこを片付けたい」「ここを整理したい」などと思っていたことは、たくさんあるのだが、手つかずで放置していたことを、この際だからあれこれ取り組んでいる。

やりながら、「ああ、私ってほんとにこういう人間なんだなあ」と思う。
家事であっても、ソリューション、イノベーション、コストダウンなどに一生懸命、取り組んでしまうのである。
ただし、家事の場合はコストダウンと言っても「159円の牛乳発見!」とか、「土曜日はポイント5倍」とか、きわめて小規模なコストダウンなので達成感はとぼしい。
でも、なんとなく楽しい。まあ、ゲームみたいなもんですね。
そもそも、価格コムなどで「家電をどこまて安く買えるか」に取り組むのが好きな性分だし。
ただし、私の弱点はこれまであんまり日常の買い物をしていなかったので、モノの値段がいまいち、よくわからない点である。
オリーブオイル、ティッシュ、シャンプー、バター、マヨネーズなどのように毎日買うわけではないものについては、高いのか安いのか、判断できない。しかし、これから経験を積むことで克服できると思う。

近所の畑(目黒区)の無人販売所で、桃の花束を250円で買ったとか、ふきのとうを1パック100円で買ったとかいうのは幸せな気分。

また、料理も怠りなく、毎日、いろんな料理を作っている。
そりゃもう、立派な食卓である。
フードプロセッサーを新規に導入したこともあり、ポテトパンケーキ、ずんだもち、フォカッチャ、スコーン、白和え、いかのしゅうまい、伊達巻きなどなど作っては楽しんでいる。
ガルバンゾー、黒豆などの煮豆を作ったり、安いかたまり肉を買ってきて角煮を作ったり。

娘に「おかあさん、主婦もできるんだね」と言われた。

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2009/04/02

平日の昼間には、静謐な時間が流れている

P4130241 これまで私の人生は「平日の昼間」という時間帯はすべてが仕事で埋まっていた。
このたび、長期休暇取得のため突然、私は「平日の昼間」の住人になった。

それは何とも落ち着かない気分だった。
外を歩いていると、多くの車が行き交っている。みんな仕事をしている。みんな生産活動をしている。
それなのに私は仕事をしていない。生産することはなく、消費する一方だ。
仕事をしている人たちに申し訳ない気持ちがする。
私がバスに乗ったり、風呂に入ったりできるのは、すべてほかの人が働いていてくれるおかげなのに、私は何もすることなくただ消費するのみ。
後ろめたい気もするが、「私だってこれまで30年以上も働いてきたんだから、もう休んだっていいんじゃないかな」とも思う。

夜になると、遠くに高層ビルの灯が見える。
みんな夜になっても働いている。
私もそうだった。
昼となく、夜となく、会議をしたり、電話をしたり、売れたの売れないのと騒いでいた。
でも、今は全て遠いことだ。
今の生活には、何の関係もない。

平日の昼間、住宅地は静まりかえっている。
私がキリキリと仕事をしている時、こちら側はこんなにも静かだったことに初めて気付いた。

風に木々がそよぐ音がする。
ずっと昔からこの地には、同じように風が吹き、小鳥も同じように啼き、静謐な時間が流れていたんだ。
たまたま、今、この時、私がここにいるのは、長い時の流れの中の微細なできごとにすぎないように思える。

昼間のスーパーの売り場では、私は新参者。
商店街もこれまで土日しか歩くことはなかったが、平日に歩くと、土日にはない表情があって新鮮。
昼間のスポーツクラブでも、私はニューフェイス。(土日と違ってがらがらなので、びっくりする)
昼間の病院に行くと、高齢のおじさま、おばさまばかりで、私など「若い人」である。

いずれ仕事には復帰するが、程なく退職するつもりである。
静謐な時間が流れる、こっち側の人間になるのだ。


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2009/03/28

クリエイティブな世界の50代ってどうなの?

P5100279 アクセサリー会社でデザインをしている友人がいる。
ところが、会社を辞めてしまい、ぜんぜん畑違いの職についたという。
その仕事というのが、受け付けの仕事で、しかもパート。
デザインを断念したのかと思うと、ちょっと痛々しい転職だ。

彼女も50代。
話を聞いてみると、社内では指導的なポジションで仕事をしていたらしいが、だんだん自分のセンスが古くなってしまったのを感じたという。
「若いデザイナーに何か言っても、きっと『あのおばさん、何、言ってんの』と思われていたんじゃないかと思う」とのこと。
決定的になったのは、デザインがすべてマックを使うようになったことだという。
彼女はマックを使いこなすことができず、「私みたいに定規で線を引くような人間はだめなのよねー」と言っていた。

なるほどねー。デザインの世界にもそういうことがあるんですね。
いや、デザインだからこそ、だろう。
そう言えば、イラストレーターの佐野洋子のエッセイを読んでいたら、今どき手描きで描いているイラストレーターって彼女ぐらいなんだって。
でも、使えないんじゃないかと怖れて、マックを毛嫌いしているだけで実際に使っていけば慣れるものだと思うけどなー。
だって、誰でも使っているんだもの。ちょっと残念だ。

もうひとり、やはりデザイナーだが、そちらはインテリアデザインをやっている友人。
フリーでやっていて、それなりに仕事もあるようだがこのごろ、行き詰っているらしい。
フリーだと24時間仕事になってしまい、どんな時でも仕事を受けなければならないのが、苦しく、閉塞感を感じているという。
「電話に出るのが遅い」とか、「メールの返事が遅い」とか、そんなことを仕事相手に言われると、こたえるらしい。
やはり50代。
仕事はあるんだから、センスが古いとか、仕事ができないとかいうことではないはず。
まあ、受注仕事をフリーでやるという緊張感に疲れてきたということだろう。

彼女と話していると、私のようなサラリーマンとはだいぶ感覚が違う。
私は勤務時間も休日も一応決まっているから、オンとオフは一応区切りがはっきりしている。一応ね。
また、仕事をさぼっていようが、成果がでようがでるまいが、決まった給料を受け取ることができる。一応ね。
顧客との付き合いはあるが、それはあくまで「会社」という仮面をかぶった上でのことで、私個人の付き合いではない。
さらに定年というゴールも明快に設定されている。一応ね。
フリーの場合は、特に決まりというものがなく、自分で決めなければならない。
50代にもなると、落ち着きたくなるのかな。

アート系の仕事をしている人たちにとっても、50代って曲がり角なのだろうか。
それとも、50代で行き詰まる人は、しょせんそれなりの力しかないってことなのかな。
たとえば広告のデザイナーでも、50代にもなればディレクターとなって全体の采配をして、現場のデザインは若い人がやるという構図が多いように思う。
作家でも、まんが家でも、青春時代の勢い、テーマがどこまで続くかだと思う。
年齢とともに若い頃の輝きは続かず、繰り返しばかりになるか、どうでもいいことを見苦しく書きなぐるかになってしまう例は多い。
60代になっても、70代になっても現役でクリエイティブな仕事を続けられる人っていうのは、特別なんだろうか。

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2009/03/21

やはり「古典」ですよ

P1010716  商品のデザインなどを決定する際に、すぐに「若い人の意見も聞いて(決めましょう)‥‥」という同僚がいる。私と同世代の男性だ。
私はそれを聞くとイラッとする。

彼が言う「若い人」とは、彼の部下の2,3人の30代社員のことなのだが、その部下たちがそんなにシャープな人たちだとは私には思えない。
「若いからという理由だけで、あの人たちの意見を聞かないと、決められないのか?  自分の判断に自信がないのか?  彼らに聞いたところで好きだの、嫌いだの言うだけじゃないか。私なら自分で判断して決めるのに」
と思ってしまう。彼は「若い人」を怖がっている。
(私は20代の娘がふたりいるので、若い人が怖くない、という側面もあるかもしれないが)

ところが、50代になると自分の感覚と、20代の人の感覚がずれているのがわかってくる。
まあ、それは当たり前といえば当たり前だよね。
私はスタイリッシュで、エッジがきいた、高度に洗練されたデザインをいいと思っている。イタリアのデザインとか大好き。
しかし、今の日本って、なんて言うんだろう、素朴というのか、ああ、「ナチュラル」って言うんだね、そういう系統が流れのようだ。

「今の若い人はこういうのが、好きなんですよ」と言われれば、「あー、そうなの」と言うけれど、内心「すてき女子」のお好みは、『地味で、くすんでいて、ぱっとしない』と思っているんである。身のたけのまんまというか、日常的すぎるというか。
そういえば、音楽もそうだな。
今の音楽には興味がないんだけど、たまにコブクロとか?、ゆずとか?、よくわかんないんだけど聞くことがある。
一度、そのての歌を聞いていて、思わず「貧乏くさい歌だなー!」と言っちゃったことがある。
歌はうまいんだけど、歌詞の内容が日常的なことを歌っていて、まあ、ささやかな幸せっていうか?

先日、テレビでサンタナのライブ(2002年に東京で収録したステージ)を放送していたので見たんだけど、「す、素晴らしい!!」と大感動。
サンタナは私が大学生の頃に世界的に有名になったので、もう30年くらい演奏していることになるが、「古い」などという評価はありえない。そんなものは超越している。
まあ、「青春」の時に聞いた音楽だから、刷りこまれちゃっているということかもしれないが。
今の若い人って、サンタナなんて聞くとどう思うんだろね?
「うるさい音楽だ」なんて思ったりして?

「古典」とは時間を越え、主観を越えて評価されるもの。
私は仕事をやめたら、「古典」たりうるものだけを愛でて、暮らしたい。
そう思うのは、やはり50代になったからだと思う。
平成の世の「若い人」の流行なんて、関係ない。
先日、ウィリアム・モリスのアーツ&クラフツ展を見てきた。
ウィリアム・モリスの言葉。「役にたたないもの、美しいと思わないものを家に置いてはならない
過激だけど、でも「そのとおりだなー、これからはそのようにありたい」と共感した。

んー、しかし、私の好きな宝塚って異常に派手で、異常に光ってて、昨今の「すてき女子」好みとは対極かも?
私も宝塚って、悪趣味だと思っているんだけど、好きになっちゃったんだから仕方ないよなー。まあ、キッチュも好きですから。
いやいや、スターさんたちは皆、若く、美しいです。
以前、雪組の公演で、銀橋にこむ、かしちゃん、えりたん、きむと並んだらそれは美しかったなあ。(遠い目)
あ、話、ずれちゃった!

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2009/03/18

50代はイヤだ

P5070204 このブログのタイトル「50代になっちゃった!」は、
「自分が50代だなんて、信じらんない!  でも50代になっちゃったんだなあ」
というような意味。

50代になる前は、50代なんてまったくのおばさんだと思っていた。
自分がその50代になるについては、自分の気分と、現実の年齢がかみあっていないので、なんというか違和感があるというか、納得できないというか。
「私はそんなおばさんじゃない、まだ若いのに!」
かんたんに言えば、そういうことだね。

しかし、「私はそんなおばさんじゃない、まだ若いのに!」という言葉は、世の中では禁句。
本当は年をとっているのに、それを認めようとしない頑迷さ、ありもしない若さにしがみつこうとする見苦しい行為、それはみっともないこととして嘲笑の対象になるからだ。
50代は自分では「まだ若いのに」と思っていても、口には出せないという複雑なところがある。

ただ、80代の私の母からは、私はとても若く見えるようだ。
従来の50代と比較すると、やはり見た目も気持ちも若い。
(ただし、若く見せようとしたことは一度もないけど)
というか、年齢なりに成熟していないというか、いまだおとなになっていないというほうが正しいかもしれないが。

ただ、「50代=オバサン」という枠に入れられるのが嫌だから、自分からは人に年齢を言わなくなった。
以前、初めて行った美容院で、典型的おばさんパーマヘアにされて、とても嫌だった。
それまではほかの美容院でそんなことはなかったのに、なぜ?と考えた結果、最初に顧客カードに自分の生年月日を記入したからではないかと思い至った。
男性の美容師だったが、そのカードを見て、「ふんふん、あー、50代、オバサンね」と考えて、年齢だけで髪型を作ったのではないかと思った。
でも「こんなおばさん頭は嫌よ、もっと若々しくスタイリッシュにして」なんて、絶対言えないの。若く見せたがっていると思われるのが嫌で。
だから、その美容院に行くのはやめた。


同世代の友人に、「50代って、嫌じゃない?」と聞いてみたところ、
「すごく嫌」という返事が返ってきた。
やっぱりそうなんだ、私だけじゃないんだとひと安心。
30代になるときも、40代になるときも、嫌じゃなかった。
でも50代は、「50代=オバサン」という世間の枠組みに入れられてしまうのが、すごく嫌なんだな。
そして、自分自身もやっぱりその世間の固定観念に引きずられるのも否めない。
「自分はもう、オバサンなんだろうか、世の中とずれているんだろうか、もう古臭いんだろうか」
そのような不安を感じてしまうのだ。これまでは、そんなこと考えたこともなかったのに。


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2009/03/06

いいぞ、ベニー!

P5070229 ベニー、いいなあ。
いいよ、ベニー。

スカイステージの座談会に出ているベニーを見て、娘が言った。
「ザ・タカラヅカって顔だねー」
ほんと、顔がちっちゃくて細くて。目は細いようだけど、舞台では化粧ばえしてとてもきれい。
明るく華やかで、とってもいい感じ。
実はごく最近まで、存在を知らなかったんですが‥‥

ナウオンステージで見ていると、一生懸命、面白いことを言って場を盛り上げようとしているように見える。
関西のノリかなーと思ったら、やっぱり大阪出身。
関ジャニの横山くんと、ちょっとイメージが重なるような気が。
また、オペラグラスアイではカメラをまっすぐに見て、照れとか、自信のなさとかを出さないところがいいと思う。
素人っぽさに逃げないところがよい。
楽しみだなー、ベニー。

ところで、前回、星組公演でラインダンスを見ていた時、「んっ?  あれは誰?」と、にわかに気になる人発見。
ほぼ真ん中にいて、長身で足長、とてもきれいな顔。
男役で出てきた時に、オペラグラスで見たら春野寿美礼にそっくり。
ベニーと並ぶような位置にいたので、そのあたりはとっても輝いてた。

帰宅してさっそく「おとめ」でチェックしたら、真風涼帆って人でした。
あからさまに涼風真世のファン?
容姿的には恵まれているんだけど、いまいち、表情がさえない。
ふっきれてないというか、心から笑ってないというか、営業スマイルにさえなってないというか。
新人公演の映像も見たけど、同じ印象だった。
まあ、まだ若いのでこれからだね。まずは自分を捨てるところからかな?

まさお、今度、ルキーニなんだね。
ハードルは高いが、がんばってほしいなあ!
みんなをびっくりさせてほしい。   

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とにかく、きっちり退職しますよ

P4070141 収入が減るからといって、もう、今となっては仕事を続けることは考えられない。
だが、このまま病気休暇からずるずるとフェイドアウトするのは、「サラリーマン道」にはずれる。
いったんは、復帰して、それから会社の人たちや、関係各社の人たちにきっちりと別れの挨拶をして退職しようと思う。
私だって、伊達に勤め人を何十年もやっているわけじゃないんだから、最後はしめさせてもらいますよ。ふっふっふっ。

退職の件は家族にも相談し、賛同を得た。
こう決めたら、気持ちが軽くなった。

こんなに急に「会社を辞める」決心をした理由の一番は、会社の業況が傾きだし、ここに至るまでの社長の経営の仕方に納得がいかないことだ。
しかし、そのほかにも大小いろいろなことが堆積しているのだ。

新型インフルエンザの件
パンデミックの危機が叫ばれている昨今、会社には何の対策もないので、発生したらどうするか事前に考えておくべきだと提案した。
すると社長、答えて曰く「なに、それ?」。
新型インフルエンザのことを知・ら・な・か・っ・たのだ。
どのような危機か私がいくら説明しても、まったく理解できず、「風邪にかからないように、各個人が注意する」という結論になった!!!!!!!

激甚な地震対策の件
私の娘の高校時代、その学校では大きな地震が起きたときは「3日間は生徒を学校であずかる」という方針のもと、徹底した準備がなされていて感心したことがある。
しかるに、当社では何の対策もないので、私はマニュアル策定が必要だと提案した。
交通が止まった帰宅困難時にはどうするか、とりあえず簡易トイレは絶対必要などとあれこれ提案したが、「そこまで必要ない」という社長の言で、今も何の準備もない。

いくら中小企業とはいえ、パートも入れれば数百人の命をあずかっているのに、この対応って、経営者として、いや、人としてどうなのか?
まあ、こんな人だと思ってはいたが、とはいえあまりの危機意識の低さ、責任感のなさ、経営者としての倫理感の低さに、情けなく、寒い思いをした。
逆に、社長にしてみれば、小うるさいことを言う私に嫌気がさしていたに違いない。
「何、偉そうに正論吐いてんだ、それに金がいくらかかるのかわかってんのか?」
ってとこだろう。
まあ、上場企業でも新型インフルエンザ対策をしているのは、30%ぐらいだそうだから、世の中、そんなものなのか?


ただし、正直、残念である。
長いこと、毎日毎日、真摯に誠実に取り組んできたつもりの仕事なのに「挫折」でしめくくらなければならないのは、誠に残念だ。

しかし、気がついた。
私は定年前に仕事を辞めることを、ずっと夢見ていたのだった。
つまり夢が実現するんだ!
過去のことをいつまでも云々していないで、これからのことを考えることにしよう。
とりあえず、会社辞めたら、宝塚の新人公演も見に行けるってもんさ!

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2009/03/02

ゴールデンカップス

P1010064 先日、NHKのBSでグループサウンズ特集をやっていた。
私は生まれつきのミーハーなので、宝塚の合間にGSにもミーハーしていたのだ。

ゴールデンカップスが出ていた。
いやあ、年とったねー。
昔はファンだったんだけど、若かった全盛期しか知らなくて、途中を知らないから、突然おじさんの姿かたちになって私の前に現れた。
なんか、玉手箱を開けた浦島太郎みたい。「あっというまに、おじいさん!」
「へぇー、あの顔がこうなるんかー」と、興味深かった。
一番、変わってないのはミッキー吉野かな? まあ、彼は時々顔を見てたけど。

まずはエディ潘
最初、誰かわからなかった。
顔の感じもずいぶん変わったみたい。
それと、インタビューに答えていたんだけど、大変物慣れた大人の常識人的に受け答えで、感心しちゃったな。
「もしかして、エディ潘、横浜中華街の商店街役員かなんかしてるのでは?」
と思ったほど。
だって、ゴールデンカップスって、「横浜の不良バンド」が売りって感じだったからね、あんなにちゃんと話ができると思わなかった。まあ、アラ還だもん、当たり前か。いつまでも不良じゃないよね。

私はファンをやってた中学生の頃、エディ潘の実家の中華料理店「鴻昌」まで行って、冷し中華を食べた。今も、中華街に行くと「あ、鴻昌だ、エディ潘いるかな?」なんて感じでのぞいちゃうんだなあ。

私は中華街の中国人の男性に知り合いがいて、その人はエディ藩とは昔からの仲間らしい。「ああ、エディ藩?  ふふふふふ(笑っちゃうよなあ、「エディ」って)」みたいな感じで、昔は普通にゴールデンカップに出入りしていたらしいので、私は興奮した。

あの人たち、中華街の中国人ってバイリンガルなんですよね。
私はその時、初めてバイリンガルの人と身近に接したんだけど、何人かで普通に日本語で話していても、いきなり中国人同士で中国語で内緒話を始めたりする。
その間、日本人は手持ち無沙汰にだまーってるの。
あと、あの人たちの話を聞いてると、「国」っていう感覚が希薄なようで、香港にも、広東にも、横浜にも、親戚がいて、絶えず行き来していて、どの街も極東という地域の中のひとつの都市っていう感じになってくる。
大変、新鮮な印象を受けた。

エディ潘のギターは当時もすごくかっこ良かったけど、今もかっこいい。歌もよかったな。

マモルマヌーは、うーん。「アチャー」みたいな?
昔は美形だったけど、うーん、今はたるんでた。
しかも、ドラムじゃなくて、真ん中に立ってたから「歌えるのかな」と、ちょっと心配した。
まあまあ、歌ってた。

ルイズルイス加部はルックスは一番、かっこよかった。
ショーンコネリーみたいな、かっこいいおじさんになってた。
(でも帽子かぶってたからなぁ、髪の毛、ないのかも?)
おじさんになったマー坊かあ‥‥。ベースはよくわかんなかった。

ところで、ゴールデンカップスって当時、ファンをばかにしてるって感じだった。
そもそも自分たちが人気を得た「長い髪の少女」など歌謡曲みたいな歌をばかにしながら、演奏してたと思う。
私はライブも2回くらい見たけど、1度なんか開演が1時間くらい遅れて、すごく嫌だったな。「遅れてすみません」の挨拶もなくて。
今でも不快感があるなー。なんだよー、田舎の高校生だと思ってばかにすんな! 今からでも、謝れ、ゴールデンカップス!angry

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2009/02/27

「私の人生はつらく、苦しいことばかりだった」

Pc300451 心弱く、ひとり眠れぬ夜を過ごしていると「私の人生はつらく、苦しいことばかりだった」という想念にとりつかれる。

子ども時代、中学高校時代、大学時代、その後の結婚後の子育てと仕事‥‥、そして老親のこと、ことごとくつらく、苦しいことの連続だった。
がまんばかりしてきた。

家庭でも、仕事でも、みんなに依存されるばかりだ。
みんなの世話を焼くばかりで、誰も私の世話はしてくれない。
みんな私が用意した舟に乗るだけで、舟を漕ぐのは私ひとりだ。
良く言えば、みんなに頼りにされているということだろうが、私は誰を頼りにすればいいのか。

先日、日経にメニエール病や突発性難聴には「我慢強い、努力家がなりやすい」というタイトルの記事が出ていた。
そのタイトルにひきつけられた。「私のこと?」
患者の特徴について疫学的研究をしたところ「周囲の目を気にし、嫌なことも我慢し、他人に負けないように努力するといった傾向が強い人が多い」ということがわかったそうだ。
私はかなりその特徴に近い。
「人に負けないよう」努力するってことはないけど、とにかくがんばらざるをえない人生をおくってきてしまった。

メニエール病などは発症していないが、以前に「突発性頭位性めまい」というのになったことがある。それはあきらかにストレスからきていた。
また、健診に行って胃の検査をすれば必ず「胃炎、荒れ、潰瘍のあと」などが指摘される。
内臓や心まで痛めつけて仕事するって、どうなの??
もう、ありえないよっ!!


ただ、ひとりで考え込んでいると「つらく、苦しい人生」とばかり思えるが、でも、楽しいこと、うれしいことも多く、夫や子どもたちや、母に深く愛される人生だった。
人からは順風満帆の十全に幸せな人生に見えるだろうなあ。
実際、すごく幸せだもん。

やっぱり、問題は「仕事」なんだな。
やっぱり、辞めるしかないよ。社長、さようなら。
あの日、私をどなったのがあなたの間違い。あれで、私の我慢も限界を越えた。
泣いて謝ったってもうだめだよ。
あなたに「覆水、盆に返らず」という言葉を送りましょう。



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2009/02/26

会社辞めるったって、生活はどうする?

P4080158 「会社、辞めたい」
それは勤め人の永遠の夢、普遍的愚痴。
でもおおむね「言うだけ」。たいていの人は本気ではない。

私もそうだったが、このたびは「本気」になっちゃったのである。

「会社、辞めたい」
言うのはかんたんだが、そのあとどうする?
そのあとも生活しなければならないんだよ。

60歳以降については、年金などで「働かなくてもOK」という見通しは立っていた。
しかし、退職が5年、早まっちゃうわけで、それは予定に入っていなかった。
我家は夫よりも、妻の私のほうが収入が多い。
だから世帯収入はいっきに半分以下になってしまう。

じゅうぶんな蓄えはあるし、会社を辞めても夫の収入や退職金で生活は充分できるんだけど、それはわかっているんだけど、でも、でも。
私は「貧乏に非常に弱い」んである。
いや、「自分は貧乏だ」という観念に弱い。
ありていに言って、貧乏性なんだな。
そもそもが貧乏な生まれ、育ちであるため、現在の生活がとても豊かだと思っている。
その豊かさを手離すのが、身を切られるようにつらいのだ!
もとの「貧乏」に戻るのは嫌なんだ!

多分、昭和20年代くらいの生まれの人なら、たいていは「昔は貧乏だった」と思っているはず。だって日本全体が貧乏だったんだもん。
まさに日本の経済成長と共に育って、ここまで来た世代なんだ。

つまり、仕事がつらくて、嫌で嫌でたまらないけど、仕事を辞めたら次に「貧乏」という観念にさいなまれることも、これまたつらいという現実に直面してしまったというわけ。

パートとか、アルバイトで少し働けばいいかな?
いまさら、私にできる仕事なんかあるのか? たぶんないだろう。
などなど、考えはぐるぐる回るばかりだ。
 

 

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2009/02/25

本当は会社を辞めるつもりだったんだ

P1010366 社長にどなられたのをきっかけに、精神の平衡を保つのが難しくなり、私はいったんは退職を決意した。

しかしながら、突然、会社に行かなくなるというのも見苦しいので、ひそかに引き継ぎの根回しをしようとした。
ある仕事を親しい同僚に頼もうと考え、打ち合わせ室に呼び出した。
「実は、私、心の病になっちゃって‥‥」
ここまで言って、あとを続けられず思わず泣きだしてしまった‥‥
人目のない部屋だったこと、心やすい相手だったこともあって、抑制がきかなかったのだ。

いつも気丈な私の突然の涙に彼女は、すぐに事態を察してくれた。
「もう辞める」と言う私に、
「それは今、決めないほうがいい。会社には辞めるとは言わないで、とにかく休んだほうがいい、病院にも行ったほうがいい」とのアドバイスを得た。

泣きながらも、彼女の言葉に「それもそうだな」と納得して、とりあえずは病気休暇をとったという次第。

何人かに「来週から休む」という話しをすると、中には勘のいい人間がいて、
「そうですか、まあゆっくり休んでください。‥‥。え? まさか、そのまま帰って来ないつもりじゃないでしょうね? 困る~、困る~、困る~!ぜったい帰って来てくださいっ
と、叫ぶのだった。
正直、うれしかったですね。
何人もの人に「帰ってきてね」と言われ、その心優しさに涙した。

ただ、直接の部下に対して休暇の件を話す時は、大変、苦しかった。
もう、心臓が変になるくらいドキドキして、声が震えた。涙をこぼさないのがやっと。
だって、私がそのまま辞めたら、彼らをまったくほおりだすことになってしまうからだ。
上司としての仕事をまっとうせず、途中で捨てて行ってしまうのは私の行動倫理に合わない。

「私もそろそろ仕事は終わる時期だし」などと言うと、私が冗談を言っていると思って、彼らは笑ってとりあわない。
この人たち、どちらにしろ私はあと数年で定年退職だって、わかってないのかしら?と、疑問に思った。
そういえば、私の年齢なんか言ったことないから、いつまでも私がいると思っているんだろうなあ。

さて、ようやく休みに入った日、体調がすぐれず、午前中は床に臥せっていた。
冬だが、狭い部屋なので暖房がよくきき、暖かい。
ショパンのピアノ曲をかけて、イザベラ・バードの「日本奥地紀行」を読んだ。
ずっと読みたかった本だ。
3時間ほど本を読んだり、うとうとしたりしていた。家の中も外も静まりかえっている。
「何年もの間、こんなに安まったことはなかった」と思った。

家のこと、仕事のことで何年もの間、張りつめ続け、まったくゆるむということがなかったような気がする。
それじゃあ、病気にもなるよね。

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2009/02/24

仕事のストレスに耐えられず、ついに長期休暇に

P1010620 現在、休暇をとっている。

ついに心の堤防が決壊してしまったのだ。

仕事は下の状況だった。
http://yuki50.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-2a4a.html

*会社の業況が落ち目。 
 原因は現在の業種が時代の流れとかみ合わなくなっている(需要がなくなってきた)ことに問題がある、と私は考えている。
だが見込みのある新規事業も芽吹いている、また、その新規事業を推進できる力がある若手社員もいる。
だから本業部分を削減してでも新規事業を育てていくべきだと主張していた。

*だが、創業者社長が本業に執着
 社長の考え方は「努力や知恵が足りないから落ち目なのだ、もっと知恵を出せ」というもの。新規事業はやってもいいが、本業の余力部分でやるもの、本業を削ってやるなんてとんでもない、という考え方だ。

*みすみす利益を逃す
新規事業の大きな仕事を若手社員がとってきたのに、社長が金も人も出そうとしないので、目の前の仕事を請けられず、断念するありさまに。
しかし、どんどん落ち続ける本業には、社長指示でやれ販促だ、やれ広告だとコストを掛け続ける。
有能な社員はその能力を生かすことができず、腐ってしまっている。
私は社員に顔向けできなかった。

*このあたりで、私はおかしくなってきた
私は本業の販促をしなければならなかった。
しかし、本当は自分自身が「やったって無駄だ」と思っている仕事をしなければならず、当然、成果も出ない。
成果が出ないのに、「もっと、もっとやれ」と言い続ける社長。
それでも、私は相当がんばったのである。努力したのである。
販促はコストパフォーマンスが最も良いネットが中心だったのだが、社長はその意味も効果も理解できなかった。
ネットについては「得体のしれないことをやっている」としか見ることができず、ちらしとか、新聞広告とか「紙」しか信用しない。たぶん、私のやっていることに不満だったのだろう。
ネットをよく知らない彼は、なんとなく「自分は遅れている人間だ、みんなにばかにされているんだろう」というような劣等感もあるらしく、強気にでられず、がまんしていたのではないかと思う。
きっと、私を頼りにしながらも、うっとおしく、目障りに思うところもあったかもしれない。

私は「人生を無駄にしているんじゃないか」と感じるようになってきた。
私は、これまで会社を牽引してきたし、利益もあげてきた。
業態が時代に合わなくなっているから、方向転換しようとし、そのめども立てている。
それなのに、創業者社長は時代の流れも読めず、方向転換もできず、自分の会社に執着し、若い芽もみすみすつぶしている。

P1010722 *年とった創業者社長に嫌気つのる
私が「創業者社長」と言うのは、そこが弱点だからだ。
彼にとって会社は我が子同然。クールに見られない。
親が我が子を見る目はゆがんでいるし、自分だけが我が子を理解できると思いこんでおり人の手にゆだねられないから。固執というか、妄執というか。
そんな社長からしたら、私に「熱血と根性」で会社を建て直してほしかったんだろうが、「いや、もうだめだから見切りましょう」と言う私はあまりにクールすぎて、憎らしかったんだろう。

いや、創業者社長でもりっぱな人はたくさんいる。
私の勤務先の社長はしょせん、個人商店レベルにとどまる中小企業社長の器だということだ。残念ながら信念も、志も、感じられない。
そこまで言うのは酷か。中小企業とはいえ、社員に毎月給料を払い続けなければならないという重圧は、かなりのものだろうということはわかる。

それでも、私が社長を有能だと思えるならば問題はない。
だが社長は「大変だ、大変だ」と騒ぐだけで、一切の決断をしない。不採算部門でさえ切れず、放置している!
私は内心「社長、年とっちゃったんじゃないか?」と思いだした。
何か聞いてもすぐには理解できないみたいだし、くどくどと説明しないといけない。
20年前とか、30年前のことを5年くらい前のことのように話す。
同じことを何度も言う。

年をとって判断力も衰えた社長のもと、私は、自分が「やったって無駄だ」と思う仕事をやらなければならないこと、またそれを部下に指示しなければならないことが大変に苦痛だった。
それは「働きマン」である自分にとって、ありえないことだし退廃だから。
「自分の人生を無駄にしてるんじゃないか」という考えに取り付かるようになった。
夜、帰宅の道すがら「別の職業があったんじゃないか、もっと自分の力を出せる仕事があったんじゃないか、こんなちまちました仕事じゃなくて世のため、人のために自分の能力を使えたんじゃないか」と思った。

それでも、私は50代。
心の中では「このまま適当にやり過ごして日々を過ごせば、あと数年で定年にたどりつくんだから、まあいいかー」という気持ちは正直あった。
そう考えて、なんとか折り合いをつけようとしたんだね。

*社長に罵倒され、ブチ切れる
だがしかし。
ある日、みんなの面前で社長に面罵される事態が勃発。
社長にやるように指示されていた企画を私が無視したから。
というか、どうしてもできなかったのだ、やりたくなかったのだ、自分が納得できないから。
以前なら納得できなくても、社長が言うから、ということでいやいやながらもやっていたのだろうが、できなくなっちゃったんだね。

どなられながら、「会社、辞めよう」と思った。
これまで押さえに押さえていた堤防がブチーンと決壊してしまった瞬間。
心の中で『誰に向かって言ってんだ、えっ? これまでやってこられたのは誰のおかげなんだよ、あたしのおかげだろー、シャチョーさんよ 』と叫んだが、声には出さなかった。

それまでにもいろんなことがあって、鬱積していたものが社長に罵倒されたことによって崩壊。
それからはお決まりの、出社時の嘔吐感、動悸、不眠など心の病、まっしぐら。
医師の診断書を出して、長期病欠とあいなった。
たぶん、業績が上向きだったら、いくら社長が変でも、こうはならなかっただろう。
今の不況で、きっとあちこちの会社で私のような事例が起こっているのではないだろうか。

病気休暇とは言いながら、たぶん、もう会社に戻ることはないのではないかと思っている。だから、ひそかに引き出しの中の書類などはほとんど廃棄した。
メールは着信も、返信も、ごみ箱の中もきれいに削除し、アドレス帖も全て削除。
ネットのお気に入りも、閲覧履歴も削除。
付箋のログも残っているので忘れず削除。
PCのフォルダの中身もほとんど削除。
おびただしい名刺の束も廃棄。
退職の挨拶をしたい人の名刺だけ、自宅に持ち帰った。

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2009/01/28

月組「夢の浮橋」「アパショナード」

084_1 「夢の浮橋」はですね、話がよくわからなかった→睡魔に襲われる→ますますわかんなくなる。
というスパイラルに巻き込まれた私だった。
うーん、大筋はわかるんだが、細部がよくわからず、ぼやーんとした印象。
ちょっと説明が足りないんじゃないかな。
大野拓史さんの作品は、いつもいいと思っていて、特に「更に狂わじ」なんてテレビで見ただけだけど「宝塚でもこんな作品ができるんだな」って、感動したもんでした。

今回の作品がいまいちなのは、私が思うに主人公の匂の宮って男が人の共感を得られる男ではないからなのでは?
なんか、「やなやつ」って感じだもん。

「アパショナード」はスカイステージで部分的に見て、「藤井大介かー、これはおもしろそうだなー」と思ってた。
藤井大介って、きっと「宝塚ファン」なんだよね。
だって、ファンが喜びそうなポイントをきちんと押さえるって感じなんだもん。
ファンの気持ちがわかっている、というよりは「自分がファンだから、自分が見たいショーを作っている」のではないかと思うんです。
ファンをのせる方法を心得てるんだな。

今の月組って、若手のスターたちが揃っていていい感じだと思う。
まさおは好きだなー。
とても一生懸命な感じが好感がもてる。ハングリーとは違うかもしれないが、今どき珍しい上昇志向、ひたむきさがあって、おばさんはにっこり笑って応援したくなっちゃうんである。
まさおは今回は出番も多く、プロローグでの歌のソロなんてあって、めでたい。

マギーは女役のとき金髪のかつらをかぶって出てきたら、なんか、ほんとに外人さんが宝塚の舞台にやってきたみたいで、おもしろかった。
そして女役姿の越りゅうが出てきた時、私はおもわず「あはははは」と笑ってしまいました。あれって、大介くんのジョークだよね?

もうフィナーレに近くなったとき、私は心の中で怒っていた。
「なぜ? なぜ研ルイスに歌わせない?  」
そうしたら、なんとエトワールとして出てきた。
「おおっ、エトワールかー、よかったなあルイス」
研ルイスは「ガイズアンドドールズ」のときに、短かったがソロの歌があってとてもうまかったので、印象に残っていた。
それなのにあまり歌う場面がなくて、私は不満だったんだなー。

宙組でも、天羽珠紀にもっとちゃんと歌わせてほしいなあ。
せっかくうまい人なのに。
全体に、宝塚ではへたな人は歌わなくていいから、上手な歌が聞きたい。

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2008/12/23

私を癒(いや)すもの

花の香り全般。
特にヒヤシンス、すずらん、沈丁花、タイサンボク、梅。
ミントの香り、山椒の香りにも癒される。

森の空気と香り。

音楽はBUENA VISTA SOCIAL CLUB presents OMARA PORTUONDO。

洗面所の流しや鏡をきれいに磨くと気持ちが落ち着く。

ダウンの肩ふとん(何って言うのかな?)。
寝る時にはおると、襟元から肩にかけてとても暖かい。
いつも肩口が寒くて困っていたんだけど、これを買ったので解決!

毛糸のティーポットカバー。
紅茶がさめないように母が赤い毛糸で編んでくれた。
どこにも売っていない、特製ティーコゼー。

銀座の伊東屋をブラブラすること。
学芸大学駅前や、三軒茶屋の商店街をブラブラすること。
いずれも時間を気にしないで。

P1010736 シクラメンの株の中をのぞいて、つぼみがいっぱいあるのを確認すること。

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2008/12/13

社長と考え方が合わない

0811_003_2 あああ、仕事がストレスフルである。
どうしても社長の経営のやり方に納得できない。

たとえて言うならば、私の勤務先は「名門そろばん塾」みたいなものである。
歴史もあり、世間の評価も高く、確実な実績を積み重ねてきた。
まことにりっばな「そろばん塾」であることは間違いなく、私自身もその点は自信を持っている。

しかし、今の時代、そろばんははやらないのである
だから、私は「そろばん塾は名門の誇りを保ちつつ、縮小しよう。そのかわり、新たにエクセル教室を始めよう」と言っているのである。
きわめて、普通の考え方だと思う。

しかるに、社長は「そろばん塾をなんとか立て直そう」という考え方しかしないのである。
そのために、そろばんの玉を象牙にしたら生徒が来るかもしれん、とか、塾の椅子はイタリア製の皮張りの豪華なものにしたら生徒が増えるだろうとか、無駄なことばかりしている。

そして、いまや私は「そろばん塾をつぶそうとしている悪者」扱いされている。
しかたないので、ダメだとわかっているそろばん塾の販促ばかりして、当然、成果も上がらないのである。

これが私の勤務先のたとえである。
能力ある社員も揃っている、大きく伸びる可能性がある新規事業の芽も出ている、それなのに「そろばん塾」である。
いったいいつまでこの展望のない仕事をやらされるのか、将来ある部下たちはこのところまったく成功体験のないままだ、いったいこんなことでいいのか?!
「このまま行ったら、壁に激突する」っていうのに、ブレーキも踏まず、ハンドルも切らず、むしろアクセルを踏んでいるのではないか?

社長はもう老化して、頭が回らなくなっているのだろうか?
この間、社長が出してくる企画はすべて「昔の栄光」をなぞる企画ばかりだ。そして、ことごとく、はずれている。
こんな状態なので、大変、ストレスを感じている。
週日は背中がコリコリで、胃腸の調子も悪く、こんなことしていたら病気になりそうだ。
この状態であと5年は、結構つらい。

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2008/12/03

来ちゃった! 裁判員の‥‥

0811_011 土曜日の昼ごろ、出かけようとしたら郵便受けに何やら大きな封筒が‥‥
『え。まさか?』
近づいてみると、「裁判所」の文字が見える。

来ちゃったよ~。まさか、ほんとになるとは!!
宛名を見たら、次女宛てである。

(「あー、私じゃなくてよかった~」とほっとした母を許して)

さっそく、次女に電話で報告。
「もしもし、あのね、大変なことになっちゃったの。実は‥‥」
電話の向こうで大騒ぎする次女。

次に長女にもメールでお知らせ。
ほどなく、「当選祝いに」と「海の幸セット」を送ったという返信が。気がきくやつじゃ。

会社でもしゃべりまくった私であった。

当の次女にどうするつもりか聞いたら「やろうかな、という気持ちと、やりたくないという気持ちが半々」だそうである。
まあ、学生だから世の中の勉強にはなるかも。
「日当」に心が揺らいだようにも見えるが。

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2008/11/26

糖尿病の犬

0811_018 私は犬を飼っている。白くて、大きい犬だ。
愛犬は糖尿病を患っている。

発病したのは、1歳になる少し前だった。
なんだか、大量の水を飲むので気になっていたところ、今度は失禁するようになってしまった。
それも、座ったとたんに大量のおしっこを漏らしてしまうような、あきらかに変な状態なので、獣医に見てもらったところ、やはり予想したように糖尿病だった。
「原因はわからない」とのこと。
食べ過ぎていた、とかそんなことはないから、生まれつきのものだったのかもしれない。

そのままでは死に至る病。私はショックのあまり体調を崩しそうだった。
糖尿病と判明する前に、おしっこを漏らした犬をすごく怒ったことがあった。おびえたその顔が今でも忘れられない。病気だったのに怒って、本当にかわいそうなことをした。

それから、毎日2回のインシュリン注射、1日1回の検尿、えさは糖尿病対応の輸入品を通販で購入、という生活が始まった。
最初はインシュリンの量なども試行錯誤だったが、慣れると順調になり、それからは何の問題もない。
糖尿病以外はまったく病気もせず、元気そのものだ。
糖尿は白内障も引き起こすが、さほどひどくもならない。

そして今は12歳。さすがに老化してきたが、それでも毎日散歩にいっている。
「長くは生きられない、せいぜい10歳」と医師に言われたのに、こんなに長く。
糖尿病で、こんなに長く生きた犬っているんだろうか?
記録的な長寿なのでは?

自分の犬が糖尿病だとわかった人はショックだと思うけれど、うちの犬みたいに注射を打ちながら、健康な犬となんら変わることなく生活し、12歳を過ぎるまで長生きしている犬がいることをネットを通じて伝えたい。

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2008/11/25

セクスィー部長、お・も・し・ろーい

0811_017 先日、たまたまテレビをつけたら「サラリーマンNEO」をやっていた。
もともと面白い番組だが、その中で「セクスィー部長」というのをやってた。
すっごく面白かった。
もっと見たい。

しりあがり寿の会社ものまんがを実写化したような感じ。
そもそも、しりあがり寿には「流星課長」っていうまんががあるし、「セクスィー部長」は「女装社員薔薇のバネッサ」とか、「ひげのOL 藪内笹子」に通じるものを感じるな。
私は「薔薇のバネッサ」は特に好きで、寝る前にふとんの中で読んでたりする。

ところで、その「セクスィー部長」を見てたら、そこに大阪の女社長が登場した。
水商売風の派手な着物を着た大阪弁の社長だ。
よく見たら、「あっ、これって純名りさ?!」
びっくりしたなー。
でも、なかなかよかったよ、宝塚時代の役作りとは似ても似つかない演技で。
なかなか捨て身で、見直したぞ、純名。
こんどは突然、歌いだすキャラなんてどうかな?

「サラリーマンNEO」はサラリーマンの世界のギャグだけど、サラリーマンでない人にも理解できるのかな?

今日、私は社長相手に「やれって言うならやりますよ、責任は持てませんけどねっ!」
と、捨てぜりふを吐いてしまった。
社長、「きみ、そういう言い方はねー(ブツブツ)」
もう決定したはずのことを、社長が何度も何度もむしかえしてはグズグズ言うのに、私はたまらなく苛立って、自分を抑えられない。
社長は私をイラ公みたいに、恐れているようだ。
ほかの人には抑えられるのに、社長にだけは抑えられないってのは私に甘えがあるのか、それとも私が社長をなめているのか‥‥

そうだ、私も肩書きは「部長」だった。
これからは「セクスィー部長」を名乗ろうかな。いや、「セクスィー」じゃないから、「イラ公部長」か?

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2008/11/24

雪組は見たいんだが‥‥

0811_005 雪組は見たいんですよ、水も好きだしね。
でも、とうとう行かなかった「マリポーサの花」。
だって、スカイステージで見る限り、あまりにもつまらなそうで行く気がしなかったの。
暗ーくて、みんなしかめっつらで怒鳴りあいばっかりしてる芝居って、見たくないんだもん。
正塚氏の芝居って、いつもそんな風で、私は少々うんざり。
そんなんだったら、星組で2作品続けたような冒険活劇・娯楽作品のほうが、よほどまし。
「ああ、おもしろかった!」「よかったね」と帰れるような作品にしてほしい。

でも、次は「カラマーゾフの兄弟」って。(;´д`)トホホ…


しかも、オギーのショーは見たいのに、30分だけってどういうこと?
時間配分が逆なら行ったけどなあ。

オギーは宝塚を辞めるそうだけど、どうしてかな?
なぜ? なぜ?
そのわけを聞かせて。
残念すぎる‥‥
まさか、「勘違い」してるんじゃないでしょうね。ちょっと心配。

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「パラダイスプリンス」「ダンシング・フォー・ユー」

Pb250404 「パラダイスプリンス」って、タイトルからして、思い切りがいいね!
すっごくのんきで、お気楽で、お天気、って感じで。
なかなかこうはつけられないんじゃないかな。

植田景子さんにはたにって、こういうイメージなんだね。
「シンデレラロック」も、似た雰囲気だったものね。
確かに、たにの良いところがよく出ていてとてもよかった。ハッピーエンドは、観客もハッピーになれるし。

考えてみると、植田景子の作品を見るといつも泣いちゃうの。
「パラダイスプリンス」も泣いちゃったし、「舞姫」も泣いちゃったし、「堕天使の涙」ときては号泣! 娘は「プティジャルダン」でも泣いたって言ってた。
うーん、なかなかつぼをこころえてるな、植田くんっ!

「パラダイスプリンス」では、母親役の美穂圭子の述懐にやはり(夫は死んでないが)自分自身を重ねて見てしまうから、胸に迫って泣いてしまったんだと思う。
あと、もう1ヵ所、泣いちゃったところがあるの。

それは「お姫様は王子様と結婚する、ヒーローは悪役をやっつける、がんばった主人公は成功する(ではないけど、こんなセリフ)」というフレーズが2回くらい繰り返されたところ。
自分でもなぜかよくわからないが、突然、涙が出た。
「みんなそれを望むんだけど現実はそうはいかない、それはわかっているけれども、それでもやっぱりそれを望んでしまうんだ」という、せりふは語られないけど、感じたからかな。

前作の「舞姫」の豊太郎はエリスを捨てたけれども、今回のスチュアートは捨てなかった人。そして、願った幸せを手にした人。このようにありたい、というパラダイスのプリンスをたにに託して書いたんだよね。
植田景子は演出も卓越したものがあると思うけど、テーマにおいても普遍的なものを書こうとするまっすぐな志が感じられる。その普遍的なことを書くから私は「自分のこと」としてとらえ、感動するんだと思う。
ある意味、そのようなこころみは宝塚だからできること。
次回作にも期待しています。たまにはショーも書かないかなー。

「ダンシング・フォー・ユー」は悪いけど、凡庸。
うめはすごくいい。踊りや表現はすごくいいけど、歌は無理。無理に歌わせなくていいと思う、宝塚なんだから期待してないし。

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2008/11/22

ファイナンシャルフリーダムのそのあとは?

P1010065 さて、めでたく経済的に困らない状況になったら、それからどうする?
そうです、その先を考えないとね。
(今の職場には最雇用制もあるけど、働くつもりはまったくありませんよ)

今、考えていることをランダムに書いてみると。
・冬はハワイのマウイ島のコンドミニアムでアロハな生活。yacht
・夏はもちろん、軽井沢でマダムな生活。熊はいやーん。
・春と秋はヨーロッパ旅行。特にイタリアとフランスの田舎。やはり部屋を借りて滞在したい。airplane
・たまには京都にも長期滞在。
・東海道と中仙道を歩いて旅行。run
・まともに泳げないので、水泳を習う。
・お茶を習う。
・習字を習って、東博に展示してある絵巻などを自由自在に読めるようになる。
・フラワーアレンジを習う。
・海外旅行のために英語とフランス語の会話を独習。
・月に1度は宝塚観劇。たまには兵庫県まで遠征。
・スポーツクラブには毎日のように行って、ラテンダンス系のレッスンにも出る。
・着付けを習って、歌舞伎に行くときは着物を着る。
・園芸ざんまい。bud

まあ、こんな感じかなー。
美術館、博物館などに行くのは今と同じ。近隣散歩も引き続き。

これが実現したら素晴らしいけど、でも、それだけでいいのかなと思う自分もいる。
やっぱりなんらかの「仕事」がないと、空しいのではないだろうか。
人の役に立つこととか、若い人を後ろで支えることとか‥‥
まあ、それはいずれ考えることにしよう。

ちなみに、夫とこういう話をしていたら、
「僕は小説を書きたいと思っているんだ」
という発言が‥‥。
う、う、うん、か、書いたら?( ̄Д ̄;;

(まさか、売ろうって考えてないよね?)

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ファイナンシャルフリーダムへの道 その6 退職金&企業年金

P1010549 これまで、会社を辞めたくなると「退職金規定」を取り出して、「今、辞めるといくらもらえるのかな」と調べていたものだ。
いよいよ本番が近づいてきた今日このごろ。(まだ5年あるのに気が早すぎ?)

先日、突然会社から「職務規定や退職金規定を見直した」という通達が。
我が目を疑ったが、そこに「年金」という項目が入っていたのだ。
いわゆる企業年金っていうものですね。
これまでそんな規定は一切なかったのに、なぜ突然登場したのか不思議でたまらない。
何か裏があるんだろうが、もちろんもらえるものはもらいますよ!

さっそく家に帰って計算してみた。
退職してから十年間もらえるというもので、まあ、そんなにたくさんではないがあればうれしいかなっていう程度の額。
退職金も「満願成就」の60歳で計算してみると、思っていたよりも多かった!
定年退職後も失業保険が出るらしいから、しおらしく職安に通うことにしよう。
「満願成就」って、いい言葉だなー。
ますます、退職が楽しみになってきましたよ。dog

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ファイナンシャルフリーダムへの道 その5 生命保険

P1010365 長女が大学に入ったとき、私は生命保険に入った。
うちは、夫よりも私の方が収入が多い。
もし私が突然の事故で死んだりしたら、娘たちの将来があやうくなると思ったからだ。

幸いにも私は死なず、長女は自立し、次女もあと2年で学業は修了するので「もういいかな」と思って、その生命保険は解約した。

最近、家計簿を見ていたらどうも都民共済の保険料が気になりだした。
家族が事故や病気になって入院したときのための掛け捨ての保険だ。
何年も入っているので何十万円ものお金を掛けてきたが、1度も入院したことがないので、まさに捨ててきた。
「これって必要なの?」
本やネットで調べてみたところ、以下のことが判明。
・最近は国の方針で入院期間は短くなる方向である。だから、長期の入院はあまりない。
・もし、重篤な病気にかかったとしても日本の健康保険のセーフティネットがあり、医療費の自己負担は月に8万円くらいまでで、あとは保険でまかなわれる。

だから、ある程度の蓄えがあれば、医療費についてはそんなに心配はいらないってことのようだ。
だったら、掛け金分を自分で貯金しておいたほうがずっといいのでは?

さらに、説明を再度見てみたら、都民共済からお金が出るのは入院5日目から。
3日で退院したら、だめなんだね。
というわけで、都民共済も解約してしまいました。

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2008/11/21

ファイナンシャルフリーダムへの道 その4 家計簿

P1010368 「家計簿をつけなければ」という自覚はあり、ノートも購入し、5年くらい前には少しはつけたのだが‥‥。
続かなかった。
だから、月々、いくらくらい使っているのかもちゃんと把握できていなかったのだが、まあ、生活できているんだから破綻していることもあるまい、と思っていた。

でも、ファイナンシャルフリーダムを目指すからには、生活費にいくらかかっているかをつかまなくては話になるまいと反省し、8月からつけ始めた。
とはいっても、食費、交際費などと細かくはつけていなくて、まあ、固定費と銀行からおろした金額をざくっと記録するだけ。
お金の出入りだけがわかればいいと思って。

それからノートに鉛筆で記入するのはあとが大変なので、こんどはエクセルでつくることにした。そうすると、だいぶ楽なので続けられそうだ。

3ヶ月ほど記入してきたんだけど、改めてやっぱり「一覧表にして概括する」って必要なんだなと実感した。
5年前に比べると、支出がだいぶ減っていることが判明した。
5年前というと、こどもたちの受験やら何やらで相当お金がかかっていた時期だったし、今は長女が家にいない分、多少は減ったんだろう。
その家計簿を見て、私は節約するだけが能じゃないな、と思った。
余裕ができたのなら、楽しむほうにも使わなくちゃと思った。

そこで、美容院に行った時、ついでに眉のカットもしてもらった。1050円。
次女にその話をしたら、「なんでそんな無駄なことをするのか、そんなこと自分でやればいいじゃないか!」と、ひどく叱責された。(´・ω・`)ショボーン

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ファイナンシャルフリーダムへの道 その3 投資

P4130241 定年後の話というと、必ず出てくる「投資」。
私には投資なんてできないと考えていたが、改めて考えてみるとかなり以前から、野村證券には口座を持っている。
以前は「中期国債ファンド」というのが安全で、普通預金よりは利回りが良かったのでこまめに出し入れしていたが、そのファンドが終了してしまい、その後はあまりの低金利のため関心をなくしていた。

ただ、このたび「株券の電子化」という話がふってわいた。
母から株を少しだけもらっており、その株券を電子化する必要が生じたので、それをきっかけにネット証券会社に口座を開いた。

そして多少は株など買ったのだが、この世界的な金融危機で大変、やーな感じである。
株といってもインデックス投資が中心で、個別株も国際優良株しか買わないのだが。しかも、買うだけで、売らないし。
まあ、10年後くらいを楽しみにします。

投資を始めるにあたっては、いろいろ本も読み、勉強した。
おおむねわかったんだけど、私たち普通の勤め人は、若い時から長期間、こつこつとインデックス投信を中心に少しずつ買い、しかも安全性を保つためにいろんな商品に分散して投資するのが、ひとつのセオリーのようだ。
ただし、どこにも「そうすれば必ず儲かります」とは書いてないけどね。

はたと気付いたが、実は「個人年金保険」にずーっと払い続けてきたのが、私にとっての「投資」だったのでは?
そして、ファイナンシャルフリーダムを手にできる見通しだから、私にはこれ以上の「投資」は必要ないことが判明。あんまり、やる気がなくなったのが正直なところ。

ただ、いろいろ勉強したためにこれまで普通預金にあずけっぱなしだったようなお金をネット銀行の、多少とも金利のいいものに変えたりするようになった。
株や投信も買ったまま放置していても、配当はついてくるので、ちりも積もれば山にはならないまでも、ちょっとした金額にはなることが判明。
これまでそのてのチマチマしたことを、ばかにするようなところがあった私だが(金持ちでもないのに)、やっぱりそれではいけないんだなと反省した。
 

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ファイナンシャルフリーダムへの道 その2 個人年金

P1010740_2 我家のファイナンシャルフリーダムのもうひとつの柱。
それは個人年金である。
これは夫名義で一般の生命保険会社の個人年金保険と、私名義で共済組合の個人年金保険に入っていたものだ。

そもそもは30代のときに、『老後は公的年金があてになるかわからないから、自分でも用意しておこう』と考えて始めたものだった。
でも、実はあまり深い考えはなかったのだが、これが意外に力になりそうだ。

掛け金は、1年でふたり分合わせて45万円くらい。
それを営々と払い続けてきたのだが、公的年金の額が明らかになったので、個人年金もいくらくらいになるのか計算してみた。
そしてエクセルで表を作って入れてみたところ、正直「えっ、こんなになるの?」と驚いた。
両方の保険とも「漸増タイプ」で、受け取り額が年々増えるタイプだから、インフレにも対応可能。
しかも、両方とも「終身」である。生きている限り、支払われるのだ!

公的年金と個人年金の受け取る金額の割合は7対3くらい。
合わせると、現在の生活のレベルは定年後もまったく変えなくてもいいことが判明した。
いや、子どもも手を離れ、住宅ローンもなくなるなど支出は減るんだから、むしろ楽になるかも。
しみじみ、「こつこつ、掛けてきて良かった~ヽ(´▽`)/

10年、個人年金を受け取ればもとがとれる計算だ。
それ以上生きたら、かなりお得である。(絶対、生きると思う)
私はうれしいけど、保険会社は大変なのでは? だいじょうぶかな?
この商品を設定したときは、こんな高齢社会になるなんて、誰も思わなかったんでしょうね。
保険会社がつぶれたらもともこもないけど。
まあ、かなり昔から掛けていたから、その頃は高金利だったし、株も相当上がっていた時代だったと思うから、保険会社さんも儲けていたんじゃないですか? よろしくね。┗(^o^ )┓

ちなみにたまたま、その会社のHPを見ていたら、こんな商品はもうありませんでした。
「60歳から10年間、年金を支払う」という個人年金しかなかった。

というわけで、今のお若い方たちにはこんないい個人年金保険なんてないと思いますので自力でがんばれ。

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ファイナンシャルフリーダムへの道 その1 公的年金

P4070141 ファイナンシャルフリーダムって最近耳にする言葉だけど、働かなくてもお金のことを心配しなくてもいい状態のことかな。
私は定年後のファイナンシャルフリーダムは、ほぼ手にしたような気がする。
定年後はこれまでとまったく違う生活が始まるんだと思うと、期待が膨らんでくる。
なんか、うれしいぞ。ヽ(´▽`)/

まず、もっとも重要な年金だが、はじめは自分たちがいくらもらえるのか皆目見当がつかなかった。
雑誌にそのような特集があって、夫婦のライフスタイル別に概算がいくつも出ていたので見てみた。
働いた年数とか、学歴などの組み合わせでいくつかのパターンごとに出ていたのだが‥‥。

私たち夫婦にあてはまるケースは、なかったのである‥‥
私たちは、夫婦ともに4年制大学卒で、ともに正社員で30年以上働いてきたのだが、このライフスタイルはよほどマイナーらしく、掲載なし、である。
そうだったんだなあ。

まあ、いずれにせよ社会保険庁のサイトから申し込んで、受け取れる具体的な金額が明解になった。
これが最初の一歩となり、漠然としていた将来がにわかにくっきりしてきた気がする。
もやがパーッと晴れたような気分ですね。

で、夫婦ふたり分を合わせた年金額は、というと65歳以降は、夫婦ふたりと私の母の3人ならまあなんとか暮らせるかな、という程度の額である。

ただし、ここで注意しないといけないのは「家は持ち家である」ことを前提としなければならないことだろう。
我家は40代のときに中古の一戸建てを購入し、夫が60歳でローン返済が終了するからいいのだが、家賃を払い続けるのではかなり厳しい老後となるだろう。

さらに、長女はすでに就職して独立ずみ、次女もちょうど夫が60歳の時に大学院を卒業する予定なので「こどももなんとかセーフ」である。
こどもがろくな職もなく、家にいつかれたら、それは厳しいなあ。

知人で晩婚・晩産の人がいて、定年後も2人のこどもたちはまだ大学生だった。だから、その学費が大変そうだった。
その分、住宅ローンの返済を後回しにしたのか、ローン終了が70歳だとかで、60代後半の今も第2の職場でフルタイムで働いている。はたから見てもつらそうで気の毒。
でも、まあ、どうしようもなかったことだからしかたないけど。

このあたりの住宅問題と、こども問題はお若い方たちも踏まえておいたほうがよいかと思われます。
また、我家はずっと共働きだから2人分の年金があるが、妻が専業主婦だった場合の平均的な年金の手取り額は19万円くらいだそうだ。それでは、ゆとりがないと思う。

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2008/11/18

おでかけ記録

●江戸城展(江戸東京博物館)P6220308
●柳宗悦と丹波古陶(日本民藝館)
●鳩山会館
●横山大観展(国立新美術館)
●山口蓬春記念館
●歌人たちの鎌倉(鎌倉文学館)
●鏑木清方記念美術館
●三井家のおひなさま(三井記念美術館)
●日本民家園(生田緑地)
●天璋院篤姫展(江戸東京博物館)
●三田家住宅(深沢二丁目広場)
●小坂家住宅(瀬田四丁目広場)
●東海道江戸の旅近代の旅(鉄道歴史展示室)
●ミュージカル「トライアンフ・オブ・ラヴ」
●生田緑地ばら苑
●ルオーとマティス(汐留ミュージアム)
●江戸東京たてもの園
●ミュージカル「カリィ」
●法隆寺/東大寺/春日大社
●オルセー美術館コレクション特別展 フランスが夢見た日本(東博)
●江戸のオートクチュール 小袖(サントリー美術館)
●対決 巨匠たちの日美術(東博)

●舟越桂 夏の邸宅(東京都庭園美術館)
●大琳派展(東博)
●箱根美術館
●映画「ブロードウェイ!ブロードウェイ! コーラスラインにかける夢」

まあ、休日っていうと宝塚観劇以外は、こんな感じで過ごしているんです。
箱根はこれまで何度も行ってるんだけど、今回、初めて箱根美術館というところに行った。その庭が素晴らしかったですね。
庭を眺めながら抹茶と和菓子をいただきました。

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2008/11/17

自分の年金はいくらなの?

年金については、これまでいくらもらえるかとか、あまり考えたことがなかった。Pa290382
きっかけは「年金特別便」が来たことだ。
記録に特に間違いはなかった。

それよりも、そこに印字されている私の働いた記録が胸に来るものがあった。
ほとんど途切れることなく、ずーっと続いている記録。
こんなに長いこと、働いてきたんだなあ、えらいぞ、自分!

問い合わせたら支給される年金の概算を送ってくれるということだったので、夫婦それぞれの分を申し込んだら、そんなに待たずに「年金見込み額のお知らせ」というのが届いた。
そこには年金の金額がきちっと書いてあるので、にわかに定年後が現実味を帯びてきた。

年金はよく「もらう」と言ってしまうけど、自分(と会社が)で営々と30年以上、それこそ何百万円も払い続けてきたんだから、ありがたがって「もらう」んじゃなくて、「あずけておいた私のお金、返してね。あ、もちろん利息もつけてね」というスタンスでいきたいと思う。

ところで、私はすべり込みセーフで、60歳からなにがしかの年金を受け取れるようだ。
あと数カ月、誕生日が遅かったら、65歳からになっていた。ラッキーだったなあ。

 

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